2013年6月20日木曜日

やっぱり手当をひろめたいの


今日生放送ラジオ収録にでかけてきました。

SORA×NIWA GINZA 


いろいろ話はつきない
けど、やっぱり最後にはお手当(クラニオセイクラルセラピー)のこと話してきました。

「私、やっぱり手当をひろめたい。」


帰り道、改めて思いました。

自分が鬱だったときに、誰かに手を当ててもらえたら、どんなに救われただろう。
誰かに手を当ててもらったら、息ができたり
目が見開いたり
言えなかった言葉が出たり
重たい足が一歩前に出るだろう。
こどもを抱き寄せる手が伸びるだろう。
手当じゃ暮らしは変わらないかもしれないけど、
ほっと息がはけたら、生きててよかったなあと、思えたりする。

難しい手技は習得できないとしても、
両手で相手を包むように手を添えることぐらい、誰だってやれるし、誰だってこうするといいよって教えてあげられる。
寄り添いを伝えることに資格なんていらない。

手を届けよう
多くの人に。

お友達が泣いていたら、すっとその子の肩に手をおける優しいこどもを育てよう。

それには、まずは大人が緩まることから。大人がほっとすることからなの。



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