2016年3月30日水曜日

山は子宮、山は母でした。

齋藤麻紀子です。
チューリップも咲いて春爛漫ですね。



2年前に参加した淡路島での山伏修行を思い出しました。

山伏修行にはプログラムがない。
説明も無い。
口をきかない、質問しない、顔も手も洗わない。
携帯電話禁止。
返事は「承けたもう」のみ。
ほんの少しの飯をかけこみ、ただ黙って前に付いて歩き出す。
死んだつもりで山に入り、ただもくもくと練り歩き、瀧にうたれ、冷たい海の波にもまれ、また歩き続け、お地蔵さんに手を合わせて歩き歩き、意識が無くなりながら下山して火を飛び越えて生まれ出てきた。

参加者の多くは男性。男性に混ざって修行することで、男性的な智慧を得たいと思っていた。
でも、私が得たのは、単純に私が元から持っているものに返っただけだった。それは女の底力だ。
山の神様と一つになれたとき、人は野生を取り戻せるのだ。


受け入れる力、与える力
守る力、育む力、止める力
考えずに感じる力
それらは、自然の中で学ぶことなのだと身体で知った。


そして、先日この絵に出会い、思い出して涙がでた。
そうだ、
山が豊かならば、川も海も里の暮らしも豊かなのだ。
そして、女の懐が、すべてのはじまり。


絵  : 宮下晶也さん画  『玄牝』

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